『ASTLIBRA』開発で気づいたこと。15年継続できる開発体制、期待感を面白さにするテクニック、海外パブリッシャーを利用する利点を作者が語る [IDC]

記事執筆時点でSteamのレビュー数は2万件弱、評価は「圧倒的に好評」。
そうプレイ時間は60~100時間。
重厚長大なアクションRPGのヒット作『ASTLIBRA Revision』は、たった1人の開発者が15年以上も制作をつづけることで完成されたことをご存じだろうか。

どうすれば気の遠くなるほどの時間モチベーションを維持し、作業し、ゲームを面白くし、ヒットに導けるのか。開発者のKeizo氏が自ら語ったセッション「長期制作で気づいた作業のコツや面白くするコツ」のレポートをここにお送りする。

※本稿は2023年12月17日(日)に行われたインディーゲーム開発者向けカンファレンス『Indie Developers Conference 2023(以下、IDC)』で行われたものを元としております。

『ASTLIBRA Revision』とは?

『ASTLIBRA Revision』は横スクロール2DアクションRPGで、様々な強化要素・爽快感のある戦闘・レア装備・巨大ボスとのバトル・長編物語を特徴としている。

もともとはKeizo氏が自ら遊ぶために制作され『ASTLIBRA』という名前で無料で公開していたが、アップロードサイトのゲームコンテストで大賞を獲得し、パブリッシャーと契約して商用化を目指すことになり、パワーアップ版『ASTLIBRA Revision』が開発されたという経緯がある。

パブリッシャーは売れるゲームを探しており、フリーゲームとしてすでに人気があるものはその素材として注目されており、最近では『洞窟物語』、『セブンスコート』、『Ruina廃都物語』などの例があるとのこと。
『ASTLIBRA Revision』もその流れに乗ったゲームになったわけだ。

今回のセッションではそんな『ASTLIBRA Revision』大きく分けて以下の内容が語られた。
1.長期にわたってモチベーションを維持して作りきるコツ
2.「期待感」を使って面白くするゲームの工夫を実例とともに紹介
3.パブリッシャーと契約するメリット、海外パブリッシャーとの契約した感想

1.長期開発のコツは「自分の機嫌をとる」こと

本業と両立しつつゲームを作るだけで大変なことだが、15年それを続けることは並大抵のことではない。実際、本作は開発が止まりそうになったことが何度もあるそうだ。
15年にわたって開発するハードルをどのように克服したのか、KEIZO氏の経験をベースに解説された。

『ASTLIBRA』開発の危機。やる気が続かずクオリティが伸びない初期体制

『ASTLIBRA Revision』初期の開発は順調だった。プレイヤー、フィールド、エネミーが動く基本システムを作るまでは簡単に終わった。
その後、「1章のボリュームが20画面、敵5つ」と見積もっており、全10章に分けて細切れに制作すれば重厚長大なゲームも作り切れるという考えで進められ、1章は順調に楽しく作り上げられた。
が、上手くいったのは1章だけ。
1章制作以降はやる気が目に見えて減り、2章はギリギリ、3章開始時には制作が「もう無理」というほどやる気がなくなってしまった。

『ASTLIBRA Revision』は全10章。開発期間で割ると1章1年以上とあまりに長い。
そのため、年単位の作業で1章を作り終えて2章を作り始めたとき、前に行った作業のノウハウを忘れており、2章制作時にはグラフィック制作もレベルデザインもツールの使い方から思い出す必要があった。

ゲームを作る作業ならともかく、ツールの再学習作業にはモチベーションが上がらない。
そして、3章目に入ると、1章でやったことを忘れていて同じような素材を作ろうとしてしまうような事故も起こった。制作スキルも蓄積せず、クオリティも上がらない。
そうして、3章制作時には「もう無理…」となってしまったわけだ。

全作業を洗い出し、同じ作業は一括作業してやる気継続・クオリティアップ

それを解決したのは、すべての作業を洗い出し、すべての作業を分解し、同じ系統の作業をまとめて終わらせる体制だった。
『ASTLIBRA Revision』の完成まで残り10章としてマップは300画面、敵が250種類など計算して必要リソースをすべて計算。


作業を分解し、マップ、敵、アイテム、スキルと一気にそれぞれの作業をやり切ると、終盤の作業をするころには慣れてクオリティも制作速度も向上する。
だんだんと複雑な敵も作れるようになるし、作ったものを覚えているので同じ体験の素材を作ることを避け、バラエティに富んだ素材を作れた。
スキルが向上して作った終盤ほどステージのレベルデザインも面白いものになる。もちろん、ツールの使い方を再度覚える必要もない。

さらに、全体の分量をどこに配置するか考えたバランス設計が可能となり、刺激の足りないところに素材を追加する余裕もでき、素材のクオリティだけでなく全体のクオリティの向上にもつながった。

考える必要のない「作業」までTODOを細分化し、やる気がなくても作業可能にする

ツールを覚えなおす、クオリティが上がらないなどの問題を解決したが、それでも人間にはやる気の波がある。兼業で開発をするクリエイターならその日の仕事疲れも大きく作用する。
『ASTLIBRA Revision』での対策は、「TODOを細分化してやる気がなくてもできる作業まで分解しておき、やる気がなくても作業として開発を進められるようにする」ことだった。

人間は仕事として「これをやる」と決まっていれば、やる気に関係なく進められることがある。調子のいいときに考えて設計書を作り、やる気が低いときは設計書通りに作業をするだけにする。これによって、やる気に左右されず制作が進む「単純作業モード」に入れる状況を作った。

単純作業モードのときは余計なことを考えないよう、TODOソフト、アイデアメモ、数値メモはすべてExcelで一括管理し、他のツールを覚えたり、立ち上げたりする面倒がないようにしている。
少しでも複雑なことをして脳のリソースを使ってしまうと、単純作業ではなくなり、効率が落ちてしまうからだ。

自分の機嫌を取ってうまく操る、作業を単純化する

上記は『ASTLIBRA Revision』で採用された開発継続の工夫だが、Keizo氏は最後に「自分に無理をさせるのではなく、自分を理解し、機嫌を取り、うまく操る事」が本質であるとまとめた。

Keizo氏は「作業を見積もって単純化して、モチベーションの低いときでも単純作業としてこなす」、「作業切り替えで脳のリソースが割かれないような環境を作る」「やる気を出す、やる気を消さないルール」を作って作業をしていった。
ちなみに、Keizo氏のやる気の出ないときのルールは以下の通り。

1.面白くないゲームをやる
2.ストレス解消だけのゲームをする
3.これはダメ 【複雑なシステム(強化など)があるゲーム】
4.やりたい大作は、とっておく

誰しも同じ方法が通じるわけでもないし、自分の機嫌の取り方は自分で見つけるしかない。しかし、自分の作業・効率化の方法はどこか参考になるかもしれないので、参考にしてみて欲しいとこの章は締めくくられた。

2.「期待感」を使って面白くする『ASTLIBRA』の工夫

制作体制の次は「面白さ」を作ることについて語られた。
『ASTLIBRA Revision』では、プレイヤーの「期待感」を面白さの根源と考えて制作されているという。
プレイヤーがゲームを買う理由は「これは面白そうだ」という期待感。ゲームを先に進めたくなるのは「先が面白そう、何かありそう」という期待感。
例外はあるが、「ゲームで目指すべき面白さ=プレイヤーに期待感を持たせ続けること」とセッションでは定義。

ゲーム制作にあたり、「次のプレイではもっとうまくできるだろうという期待感」や「もう少し進めると何かあるのではないかという期待感」を持たせ続ける工夫の実例を3つ挙げた。

ストーリーで出せる期待感

『ASTLIBRA Revision』は魔物に襲われるシーンから始まり、プレイヤーのそっくりさんが割って入る演出をしている。
これによって、「この先、過去に戻って助けるのではないか」という想像をさせ、期待感を持たせてゲームをプレイする動機にしているという。

驚くべきことに、ここで強調されたのは「必ずしもプレイヤーの予想を裏切る必要はない」ということ。プレイヤーの多くは「予想通りかもしれないけど、見てみたい」と考えるのだという。

開発者はプレイヤーの想像を上回る展開を作るために努力しがちだが、一番大事なのは期待感を持たせることで、先への期待感を持たせたらストーリーの目的は達している。
完璧に筋の通った意外な展開を考えると100の満足度を与えられるかもしれないが、予想通りだとしても期待感を持たせられれば80点のストーリーでも十分に役を果たすとまとめられた。

物事を隠して出す期待感

人間は終端を知ってしまうと満足し、その先に期待しなくなってしまう。たとえば、先ほどのストーリーの結末を最初に知っていたら、もうストーリーは期待感を出すパーツとして機能しなくなる。
そういったパーツを「隠す」ことで期待感を醸成するテクニックの例として、スキルツリー画面が紹介された。

キャラクターの成長で様々な能力が解放されていくお馴染みの「スキルツリー」システム。今回のセッションでは、スキルツリーを隠すことで期待感をあおれると解説された。
スキルをすべて見せず、とるたびに先のスキルが見えるようにすると「何が待っているのだろう」とワクワクさせ、成長に期待してもらい続けることができる。

スキルツリーがすべて見えているゲームも多いが、こういったゲームはKeizo氏の「期待感=面白さ」理論では「期待を損失」している状態でもったいないことになるという。

見せることで出す期待感

ここまで「知ってしまうと満足して期待しなくなるので隠す」ことを説明してきたが、最後に「見せることで与える期待感」について説明された。
Keizo氏が過去にリリースした3マッチパズルゲーム『MAGICUS』では、レアモンスターの登場時に「倒すとレアアイテムが手に入る」と宣言したり、ステージ開始時にドロップする可能性のあるアイテム、くじ引きで手に入るランダム抽選アイテム一覧などをあらかじめ表示している。

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・アイテムを入手することを期待してステージを選択し、そのステージをプレイし続ける
・倒すことが難しいレアモンスターを倒してアイテムを得ようとする期待感
・くじ引きで手に入るアイテムを見せることで、くじ引きを引く金を集めているときの期待感

と、これらは見えることで特定の作業への期待感が増大する仕組みとして導入されている。特に、くじ引きの景品については見えるようにしてゲームが面白くなったことを強調していた。
ストーリーやスキルの性能など、知識として得られるものは知ってしまえば期待感が衰える。しかし、短期的にこれから獲得するもの、ランダムに得る可能性があるものなどは見せることで期待感が増幅される。

『ASTLIBRA Revision』は、こういった期待感を持たせるためのテクニックを用いて、プレイヤーに「期待感」を持たせ続けることで面白さにしている、という。

3.パブリッシャーの薦め。海外パブリッシャーと契約した感想と契約の注意点

ゲームを作って最後にやるべきこと……それは、販売することだ。『ASTLIBRA Revision』は、中国のパブリッシャーWhisperGamesに販売を依頼している。
その経験をベースにインディー開発者としてパブリッシャーと契約するメリット、海外パブリッシャー選択の経緯と注意点などを語られた。

Keizo氏はパブリッシャーとの契約するメリットが大きいと考えており、今回は契約を勧める論調で情報が展開された。
インターネットで悪質なパブリッシャーが話題に上ることもあるが、実際に契約してみたらまったく状況が違ったのでIDCで語ることにしたという。

パブリッシャー契約のメリット

『ASTLIBRA Revision』において、パブリッシャーが担当したのは翻訳、宣伝、レビューやバグの報告対応。

海外において注意すべき表現の問題(六芒星が宗教的に使えないなど)、ローカライズの知見もあり、開発者が調べずともそういった情報を指摘してくれることも役立った。
翻訳については英語と母国語が混合でも許されるのが日本と韓国だけであるとか、日本はフォントで訴えられることが多いなど、多彩な情報が提供されることで開発者はゲーム制作に専念できる。

海外パブリッシャーのメリットと契約の注意点

ここまではパブリッシャー共通のメリットだが、続いて海外パブリッシャーと契約するメリットとして「市場規模がでかい文化圏にリーチできること」と「翻訳クオリティ」が挙げられた。

身もふたもない話になるが、『ASTLIBRA Revision』の日本売上は全体の2.2%だった。
さすがに「日本人の売上比率が少なすぎるのではないか?」とKeizo氏が独自に調べたところ、多くの大ヒットゲームにおいて日本人のSteamでの販売本数は全体の2.2%~0.59%程度にとどまったという。

日本の人口、Steamでゲームをする文化がまだまだ広まっていないことを考えると、市場規模が大きい中国か米国で売れることが海外パブリッシャーの強いメリットになる。
海外のパブリッシャーは英語・中国語圏にリーチにおいて以下のメリットを持つ。

・パブリッシャーは、自国での宣伝が打ちやすい。
・パブリッシャーは、自国の翻訳クオリティが高い。
・他国産のものは毛嫌いされる傾向にあるが(特に顕著な国がある)表向きパブリッシャーの自国産として扱われる。

一方、日本から見ると活動実態を調べづらい海外パブリッシャーと契約を結ぶ際のチェック、言葉の壁、文化の壁があり、やりとりが難しいデメリットも挙げられた。
英語が堪能であれば問題ないと前置きしつつも、「機械翻訳ではまったく逆の意味になる事があり、通訳がいないタイミングでは、何もかもめちゃくちゃになった事がありました。契約・支払いのような難しい話は(翻訳者がいなければ)全然できません」と、苦労をにじませて振り返っていた。

『ASTLIBRA Revision』は大手のWhisperGamesと契約しているが、そんな経験豊富な相手との契約でも相手先に「日本語の通訳者」がいなければまず失敗していたという。
逆に言うと日本のパブリッシャーは言語や契約の面において(文字を読めるし、身元も確かめられるので)安心というメリットがあるともいえる。

『ASTLIBRA Revision』では、費用負担、個人ではできない宣伝、レビュー対応、個人では計り知れないローカライズのクオリティ対応をパブリッシャーの恩恵として得た。

「費用ももちろん、これらの対応はプロに任せたほうが良いし、こういったことに悩む時間があったらゲームを作ったほうが良い。
1人で苦労したら10売れたはずのものが、プロの宣伝により100売れて、6割を取られても40残る事もあるのでは?と思います。」
「海外パブリッシャーとの契約も、悪くない」

と、パブリッシャーの項目は締めくくられた。

終わりに

「長期制作で気づいた作業のコツや面白くするコツ」を聴講していて、筆者は「なるほど!」と思いつつも、何度も心の中で突っ込まずにいられなかった。

・ゲームの基本が動くまでは簡単で楽しい(そこまで簡単にいかない人がどれだけいるか)
・仕事と思えば作業はできる(仕事が終わってまで仕事をできる人がどれだけいるだろう)
・すべての作業を事前に見積ればスムーズ(見積もりもテクニック)

などなど。しかしながら、どの項目も説得力と実際に実行した人間がいる実用性が見られ、会場で同じセッションを聞いていた開発者同士の中でも「あれは取り入れられる、あれは無理」と、取り入れる内容について討論が始まる好セッションだったように思う。

上記の内容を見て興味を持ったら、『ASTLIBRA Revision』、『MAGICUS』をプレイしながらセッション内容を噛みしめてみるといいだろう。

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